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野人のような若者が

 想像の域を超える壮絶な現場が連なっている、そんな印象の女川町。

凍りつく現場
 福島第一はあんな過酷事故が起こったのに、なぜ女川は大丈夫だったのか?原発事故調査が主目的でしたが、その主目的が霞んでしまう道中の惨状で、目を奪われ、心が凍りつくようでした。

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 今日も朝7:00、早朝の出発。充分余裕を見たつもりでしたが、同行した学生たちを石巻災害ボランティアセンターに送り届けるのがやっと。
 割り振られた仕事現場まで送り届けようと思っていましたが、途中の交通渋滞~三陸鉄道が不通のままで、みんなバスを含めた自動車にシフト、その上に工事関係車両で高速がパンク状態~で、余裕を見たスケジュールがショート!

地盤沈下1.16m
 まず原発。女川は思っていた状況と全く違って、平穏そのものという感じ。
 勿論、地震による緊急停止以後1~3号機は止まったままで、現在地震による影響は大丈夫なのか、定期点検張りの点検作業を行っていますとの説明。

 福島との違い、一番大きいのは、建屋の立地する標高ですが、女川の場合14,8m。ただ、地震によって牡鹿半島全体が1.16m地盤沈下したのだとか。
 プレート型地震ってこういうことなんですね。途中の港湾施設が機能不全になるわけです。
 だから、津波が来たときの標高は13.8m。そこに13mの津波。 本当に危機一髪です。

 しかも送電網5系統のうち、地震後も1系統残ったことと、海水循環ポンプが冠水ではなく、普段閉じられているはずの設備が水圧によって水密制が発揮されずに海水が入り込んだ。
 しかし、それでも1系統が残って冷却系が正常に稼動したし、予備のディーゼル発電機の冠水もなし。

 同行した遠藤議員は、今すぐにでも脱原発との思いを持っていたようですが、相当安全性が高いようだと感想を述べていた通り、行く前の想像をひっくり返すような現場の状況であったように思います。
 勿論、だから100%安全というわけではなく。

現場に立つしかない
 女川町の中心街をはじめとする牡鹿半島に点在する各集落の惨状は言葉を発することなどできない、まさに息を呑む現場が連なっていました。
 遠藤議員と、この現場を見ないで災害や、原発を語ることなどできないねと話しました。心に焼き付け、その思いを共有するには現場に立つしかないと感じました。現場の大切さを改めて肝に銘じました。

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 それと、多くの国民の中では既に震災の風化が始まっていますが、被災地の復興はまだ手付かずのところも多く、これからだとの印象でした。
 一方、既にボランティアの需要も低下していますし、後一月もすれば、一番の惨状の現場があらかた片付き、生々しい震災の震撼を共有するのが難しくなるように感じます。
 出発前、遅かったかなあとも思っていましたが、多くの現場をこの目で見ることができました。様々なことを考えるのに一番いい時期に出かけることができたように思います。

 心に焼き付けた印象の一端は、何らかの形で写真を公開したいと思います。
 
スタンド仮営業
 そんな中でしたが、原発への途中の集落に小さな小さなガソリンスタンドがありました。
110722onagawa1.jpg  すっぽり津波に巻き込まれ、スタンド機能の復興は並大抵ではない、いや不可能と思えましたが、そこに野人のような一人の若者(僕の目からは)が屹立としてスタンドの仮営業を開始していました。
 立ち止まってエールを送りたいと思いましたが、躊躇するような思いがあって押しとどめました。
 人は本当に強い。彼の姿に合掌したくなるような気持ちでした。

 今夜は、郡山の安ホテル。
 みんなで結構飲んでしまったので、詳報は後の機会に報告できれば。
 明日は、信越、北陸経由でひたすら松江を目指します。

| 原発問題 | 23:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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