金主主義~地球を壊さない生き方の本
品川プリンスホテルです。
出雲空港への道すがらちょっとした感動がありました。5月連休前、斐川平野を渡る風を届けようと風に揺れる麦畑を撮りました。その時の青々とした麦が、今黄金色に色づいています。あれから2週間ですから当然といえば当然ですが、はっとしました。
時間に追われてい気付かないのですが、自然の営みは休むことなく、着々と稔りを準備しているのです。稔りの様子は、帰ってからUPしたいと思います。
さて、時間に追われるということ、今朝のブログでも触れた岩波ジュニア新書「地球を壊さない生き方の本」には、考え直してみたいよねということが書いてあります。
そして、資源を浪費し、かつ、より大きなストレスを抱え込む。
この本の著者は、京都大学工学部で金属物理学の助教授だった槌田劭氏。どこかでドロップアウト、本人流に言うとスイムアウト~大海に泳ぎだす~して京都精華大学の教員へ、20年前、55歳には既に退官されていたようです。
槌田先生は原発のことにも触れています。
全くその通りだと思います。槌田先生は、この社会を民主主義に対比させて金主主義と表現していらっしゃいます。
先生は、工業的文明ではだめ、もう少し農業的世界が必要だと観念的に思い悩んでいたけれど、農村の人と話したこともなければ、農村に足を運んだこともなかった。それが、現場に足を運んで現場の人と触れ合うことで大きく世界が広がったと。そしてできることから、肩肘を張らずにやろうと。これですね。できることから。
最後に、日本による森林伐採で追い詰められたマレーシアサラワクの原住民ブナン族の話が出てきます。ブナン族の母親が学校について、「学校に行くと座っていれば教えてくれるから、自分からは何にもしなくなってします。それに、学校でいくら知識が増えても、ジャングルの中では生きていけない」と語ったと。
そして、ブナンの人にはストレスが全くない。子どもたちは、300種類の薬草が見分けられるし、200種類の果物の名前が全部言えると。この本が書かれて20年、そんなサラワクの森と森の民はどうなったのでしょうか。
出雲空港への道すがらちょっとした感動がありました。5月連休前、斐川平野を渡る風を届けようと風に揺れる麦畑を撮りました。その時の青々とした麦が、今黄金色に色づいています。あれから2週間ですから当然といえば当然ですが、はっとしました。 時間に追われてい気付かないのですが、自然の営みは休むことなく、着々と稔りを準備しているのです。稔りの様子は、帰ってからUPしたいと思います。
さて、時間に追われるということ、今朝のブログでも触れた岩波ジュニア新書「地球を壊さない生き方の本」には、考え直してみたいよねということが書いてあります。
「どうしてこんなに働かなくちゃいけないのか」。それは、もっとお金のある暮らしをするため、快適な暮らしをするため。ところが、忙しすぎて時間が足りない。快適な暮らしをするためには、どんどん便利なものが必要になる。(中略)
スピードアップで時間を作る。そしてスピードアップすればするほど、また仕事にかける時間が増える。こうして高速社会は回転し続ける。
スピードアップで時間を作る。そしてスピードアップすればするほど、また仕事にかける時間が増える。こうして高速社会は回転し続ける。
そして、資源を浪費し、かつ、より大きなストレスを抱え込む。
この本の著者は、京都大学工学部で金属物理学の助教授だった槌田劭氏。どこかでドロップアウト、本人流に言うとスイムアウト~大海に泳ぎだす~して京都精華大学の教員へ、20年前、55歳には既に退官されていたようです。
槌田先生は原発のことにも触れています。
私たちの消費するエネルギーは、地球の限りある資源を切り取りながら生み出されている。地球温暖化のこともあって、だから原発でというのだが、原発で電気をつくるにも多量の石油なしではありえない。
限りある地下資源に頼り、それを消費し続けなければ少しも動かない工業的繁栄というものは、どうあがいてもいつまで続くものではない。生産と消費の現実をそのままにしておいて、石油がどう、原発がどうと部分を考えて、対策を講じようとしてもどうしようもない。
お金儲けで動く社会は大量生産、大量消費をそそのかす。人々の幸せと関わりなく、お金儲けに役立つことは全ていいことになってしまう。
限りある地下資源に頼り、それを消費し続けなければ少しも動かない工業的繁栄というものは、どうあがいてもいつまで続くものではない。生産と消費の現実をそのままにしておいて、石油がどう、原発がどうと部分を考えて、対策を講じようとしてもどうしようもない。
お金儲けで動く社会は大量生産、大量消費をそそのかす。人々の幸せと関わりなく、お金儲けに役立つことは全ていいことになってしまう。
全くその通りだと思います。槌田先生は、この社会を民主主義に対比させて金主主義と表現していらっしゃいます。
先生は、工業的文明ではだめ、もう少し農業的世界が必要だと観念的に思い悩んでいたけれど、農村の人と話したこともなければ、農村に足を運んだこともなかった。それが、現場に足を運んで現場の人と触れ合うことで大きく世界が広がったと。そしてできることから、肩肘を張らずにやろうと。これですね。できることから。
最後に、日本による森林伐採で追い詰められたマレーシアサラワクの原住民ブナン族の話が出てきます。ブナン族の母親が学校について、「学校に行くと座っていれば教えてくれるから、自分からは何にもしなくなってします。それに、学校でいくら知識が増えても、ジャングルの中では生きていけない」と語ったと。
そして、ブナンの人にはストレスが全くない。子どもたちは、300種類の薬草が見分けられるし、200種類の果物の名前が全部言えると。この本が書かれて20年、そんなサラワクの森と森の民はどうなったのでしょうか。
| 持続可能社会 | 22:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑
